昭和31年の大阪の戦いは「まさか」が実現と日本中を驚かせた。

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昭和31年の大阪の戦いは「まさか」が実現と日本中を驚かせた。勝てるはずがないといわれた関西が勝ったのである。
そして、負けるはずのない東京が敗北した。
決戦の日の朝、5時ごろ。関西本部の電話が鳴った。受話器を取ると、それは東京の戸田先生からの電話であった。
「大作、起きていたのか」
先生は、驚かれたご様子であった。
「関西はどうだい?」
「こちらは勝ちます!」
私は、即座に答えた。戸田先生は、「東京はダメだよ」と、残念そうに言われた。
当時、私が負けることを望み、苦しむことを望む、嫉妬の人間もいた。
しかし、東京が負け、関西が勝った。
あのとき、私が負けていたら、戸田先生は敗北の将となっていた。
関西での勝利によって初めて、日本中に創価学会という名が通ったのである。
当時の関西本部は、小さい建物だったが、まるで広宣流布の軍艦のように、勢いよく
揺れていた。
広布の戦いは、観念ではない。計算でもない。
努力、また努力だ。「絶対に勝つ」という祈りだ。
真剣な祈りは、必然的に、行動を伴う。
行動しない祈りは遊びである。
ここを間違えては、絶対にならない。「動く」のだ。「ぶつかる」のだ。
だから大阪は勝ったのである。
あの戦いに、全部、要約されている。
要領や計算ではない。真剣勝負で、だれが見ようが見まいが、人の何百培、何千倍
も戦う決心で動くのだ。