戸田先生ご指導

この大御本尊様を受持すれば、過去世においてつくらなかった、原因をくださるという約束がある。 即座に下さるのですよ、原因を。

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信仰というものは、修養のためとか、あるいは、気休めとかというために、するのではない。信仰して、利益、すなわち、
生活上のしあわせがなければ、やっても無駄です。日本の国の人々がみんな困っている。
その困っている時に功徳があるから広まっていくのです。理屈や学問で広まるのではないのです。御利益で広まるのです。
それならどうすればいいかというと、今度は今生において、布施をし、善根を積んで、来世においてしあわせに生まれてくると、こういうふうになっている。これが、今、仏法を信じない人は、皆、このいき方をしなければならないことになっているが、だれも善根を積む者がいないから、来世はますますひどくなるにきまっているのです。
大聖人様が、これでは、かわいそうだと、おもし召しあそばれたのです。そこに日蓮大聖人様の仏法と、釈迦の仏法との、
根本的相違があるのです。これをわかるのは日蓮正宗だけなのです。
そこで大聖人様は、末法の衆生をかわいそうに思われて、どうなさったかといいますに、これはいかん、末法の衆生には過去世にりっぱな行いがないと。それであるから、これを捨てておいたならば、その貧乏、あるいは病気あるいは、いろいろの不幸をそのまま背負って死ななければならない。それでは、かわいそうだ・・・、そうおっしゃった。
この大御本尊様を受持すれば、過去世においてつくらなかった、原因をくださるという約束がある。
即座に下さるのですよ、原因を。あとは自分の信心と、折伏によって、結果を勝ち取らなければいけない。
御本尊様のことを、縷々(るる)御説明くださっている観心本尊抄という御書のなかに「この五字を受持すれば、釈尊の因行果徳の二法を譲り与え給う」という約束がある。この五字とは、お曼荼羅のことであります。御本尊様のことであります。