本日の御書

本日の御書 一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ(崇峻天皇御書p1174)

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【御書本文】
一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ(崇峻天皇御書p1174)
【通解】
釈迦一代の説法の肝心は法華経である。そして、法華経の修行という点で、その肝心をいえば、それは不軽品である。不軽菩薩が人ごとに敬ったということは、どういうことをいうのであろうか。教主釈尊の出世の本懐は、人として振る舞う道を説くことであった。穴賢穴賢。振舞いにおいて、賢いものを人といい、愚かなものを畜生というのである。
【先生の御指導から】
かつて、第2代会長・戸田先生は、本当に偉い人とは「皆を偉くする人」「皆を敬う人」であると言われていた。
後輩に対しても「おはようございます」「お疲れさま」と自分から頭をさげる。そういうリーダーであってこそ、皆、本気になって支え、もり立て、守っていくものだ。人間としての振る舞いのなかに、人格の輝きのなかに、真の仏法は脈動する。
傲慢な人間は、皆から笑われる。結局は、自分が損をするのである。