池田先生ご指導

日蓮大聖人は「瞋恚しんには善悪に通ずる者なり」と仰せである。 悪に怒りを燃やすのは「善」なのである。「燃え上がる怒り」がなくなったら、もはや「正義」の心はない。心は死んでいる

スポンサーリンク

プラトンは述べている。
「徹底的にどうしようもなく道を踏みはずした悪人に対しては、怒りをあらわにすべきである」(「法律」森進一・池田美恵・加来彰俊訳『プラトン全集』13所収、岩波書店)
どうしようもない悪人には「怒り」をぶつけよ!――学会の精神も、これである。プラトンと同じである。
日蓮大聖人は「瞋恚しんには善悪に通ずる者なり」と仰せである。
悪に怒りを燃やすのは「善」なのである。「燃え上がる怒り」がなくなったら、もはや「正義」の心はない。心は死んでいる。死んだ心に、功徳もない。喜びもない。幸福もない。
怒りの炎を燃やして「戦闘」する! 「叱咤」する! 「攻撃」する! 「追撃」する! これこそが仏法であり、正しき人間の道である。