池田先生ご指導

学会に対する、戦時中の軍部の弾圧――。逮捕された幹部は、牧口先生、戸田先生をはじめ二十一人。このうち、退転しなかったのは、牧口先生と戸田先生だけであった。

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創価学会には、殉教の牧口先生が、そして戸田先生がおられた。その心を継いだ私がいた。自分のことは言いたくないが、青年のため、後世のために、あえて言い残しておきたい。
私がどれほどまでに、広布のために苦悩し、ただ一人、祈り、苦しみ、耐え、皆を守りながら、戸田先生、牧口先生の本当の遺志を証明しようとしてきたか。その苦衷は、だれ人もわからないかもしれない。しかし御本尊がすべて御照覧である。
他人がどうあろうと関係ない。自分が師匠とともに生き抜いていけばよい。それが「師弟不二」である。それが創価学会である。
青年部は、この「師弟の心」を断じて継いでいただきたい!
学会に対する、戦時中の軍部の弾圧――。逮捕された幹部は、牧口先生、戸田先生をはじめ二十一人。このうち、退転しなかったのは、牧口先生と戸田先生だけであった。
戸田先生は、論文「創価学会の歴史と確信」に、こう書かれた。
「名誉ある法難にあい、御仏のおめがねにかないながら、名誉ある位置を自覚しない者どもは退転したのである」「二十一名のうち十九名まで退転したのである」
「名誉ある法難」――法難こそ最高の栄誉である。それなのに、大幹部が法難を怖がったり、″功徳を受ける″ことだけを考えていた。うわっつらだけ、形式だけの「仮装信心」であった。