「誓願」には、魔に打ち勝ちゆく、仏の生命のほとばしりがある。

シェアする

小説「新・人間革命」第24巻「厳護」の章

「誓願」には、魔に打ち勝ちゆく、仏の生命のほとばしりがある。
伸一は、全同志が、一人も漏れなく、大功徳に浴してほしかった。病苦、経済苦など、すべてを乗り越えて、幸せになってほしかった。そのための祈りの要諦こそ、「広宣流布への誓願」なのである。
皆、それぞれに、さまざまな問題や苦悩をかかえていよう。その解決のためには、“広宣流布のため”との一念が大事になるのだ。


“病気を治したい”という祈りが、深き使命感と一致していく時、自身の根本的な生命の変革、境涯革命、宿命の転換への力強い回転が始まる。


題目を唱えれば、もちろん功徳はある。しかし、“病気を治したい”という祈りが、深き使命感と一致していく時、自身の根本的な生命の変革、境涯革命、宿命の転換への力強い回転が始まる。広宣流布を誓願し、唱題に励む時、自身の胸中に、地涌の菩薩の大生命が涌現し、日蓮大聖人の御命が脈動して、己心の仏界が開かれるのである。そこに、境涯革命があり、宿命の劇的な転換も可能になるのだ。
また、弘教など、広宣流布のための挑戦課題を成就せんと悩み、唱題すること自体、既に地涌の菩薩の生命である。ゆえに、その実践のなかで、個々人のさまざまな苦悩も、乗り越え、解決していくことができるのだ。