教学を深めることで、疑問が納得に変わり、「そういうことだったのか」と分かれば、さらに強情な祈りとなります。

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「ご利益を受ければ教学はどうでもよい」といっているものもあると聞くが、とんでもない。教学により信心が強くなり、高まるから、功徳が出るのです。
四力というが、「信力・仏力」の強さによって「法力・仏力」が強くなる。この法力・仏力を現すには、その人自身の信力・行力による。この二つが冥じて、仏力・法力となって、われわれの頭ではわからない奇跡のような功徳となって現れるのだ」と。
汲めども尽きぬ御本尊の偉大な功力を自由自在に引き出していくのは、信心の力です。その信心の力を強固にするのが教学です。
教学を深めることで、疑問が納得に変わり、「そういうことだったのか」と分かれば、さらに強情な祈りとなります。
「本当にすごい仏法だ」と感じれば、祈りに感謝が生まれます。
「叶わないわけがない」と腹が決まれば、祈りは歓喜に包まれます。
「学」によって「信」が強くなれば、歓喜と感謝の祈りが生まれ、御本尊の功徳力を存分に強く引き出していくことができるのです。