目には見えない「一念」と「行動」が、長い間には必ず目に見える結果となって現れてくる。長い目で見れば、その人の真実は、自然のうちに明らかになっていく。

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つまり、自分が良く変わっていきつつあるか、悪く変わっていきつつあるか、さっぱり気がつかず平気でいる。これが惰性の恐さです。信仰が惰性に陥ったとき、それはまさしく退転である。信心は、急速に、そして、良く変わっていくための実践活動です」
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信心は他人に「どう見えるか」ではない。自分自身が「どうあるか」「どう行動したか」である。目には見えない「一念」と「行動」が、長い間には必ず目に見える結果となって現れてくる。長い目で見れば、その人の真実は、自然のうちに明らかになっていく。裏表のない人が最後に勝っていく。