本当に戦っているのか。あるいは戦っているつもりなのか。この差は歴然とした結果となって表れてくる。「懸命」とは「命を懸ける」ということだ。この生命の完全燃焼があるかないかを自身に問いかけておいきたい。
妥協、油断、この内なる敵こそが壁の正体と言ってよい。それを打ち破っていくのは、朗々たる祈り、懸命な行動である。そして、自分が一人立つと満々たる意欲と、現実に敢然と立ち向かっていく執念である。勝負を決するのは、挑戦を最後まで貫く執念である。
信心は真剣に実践しないと福運がつかめない。
トインビー博士
「人間の魂はいずれも、善と悪とが支配権を争って絶えず戦っている、精神的戦場である」
「御本尊様の前に、飛んでいきたい気持ちになって、大聖人とお話しするようなつもりで題目をあげることです。そうすれば、自分を見つめることができるよ」
私は目の前の霧が晴れるような思いがしました。
家に帰り、夢中で唱題するなかで、ありありと自分の実相を見つめることができました。最高の仏法を実践することのできる幸せを深く深くかみしめました。