名字の言

〈名字の言〉 2017年1月30日

四国の高知と東北の秋田。距離は遠く離れているが、広布史をたどると一つのルーツに行き着く。「蒲田支部」だ▼「二月闘争」から1年後の1953年(昭和28年)2月、蒲田支部のメンバーの対話によって、四国初の学会員が高知に誕生。当初、蒲田支部に所属していた高知は、その後、大阪支部に編成された。56年(同31年)の「大阪の戦い」にも高知の友は勇んで参加した▼一方の秋田は草創期、蒲田支部矢口地区に所属。「二月闘争」から2年後の54年(同29年)に、約800世帯の陣容で秋田大班が結成され、56年には秋田支部が誕生した。翌年、全国3位の弘教を達成し、“広宣流布の「日本海の雄」ここにあり”と、全国の同志を驚嘆させた▼この事実こそ、池田先生の「二月闘争」が、恩師・戸田先生の誓願であった75万世帯達成への突破口となった証明である。御書に「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046ページ)とある通り、「201世帯の弘教」という限界突破の拡大は、蒲田支部から全国に飛び火し、「壁を破る」学会の伝統となった▼「二月闘争」は、一人から一人へ、訪問激励によって友の心を動かす“決意の共鳴”から始まった。時代が変わろうとも、この「勝利の方程式」は不変である。(芯

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