ただ自分におべっかいを使ってくれる、自分の方が優位に立てる。そんな人間ばかり集めても、何もならない。 どんどん敗北の坂を転げ落ちるだけである。

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宇宙の新羅万象がことごとく一念三千の当体であり、この厳しき生命の法則から、だれ人ものがれられない。
おまけもないし、割り引きもない。
仏法の激しき因果律では、幹部も会員もない。
幹部だから許されるなどということは絶対にない。
いな立場が上になればなるほど責任も大きくなり、(責任)を果たした功徳も、(責任をはたさなかった)罰も大きくなる。


学会員の笑顔が弾けるところ、地域が明るくならないはずがない。妙法の栄えるところ、その地域が繁栄しないはずがない。いな、そうしていくことが、仏法者の使命である。仏法即社会である。
近隣の方々と、信頼と友好にむすばれ、地域と一体になっての発展のなかにこそ、広宣流布の確かな前進があるからだ。


ただ自分におべっかいを使ってくれる、自分の方が優位に立てる。そんな人間ばかり集めても、何もならない。
どんどん敗北の坂を転げ落ちるだけである。
強い人間、優秀な人間、また建設的な反対意見を言える人間を、そばに置けるようになれば、偉大な指導者である。
「組織をつくる」「人をつくる」それが、自分の幸福をつくることになる。