日本語の「いただきます」「ごちそうさま」に当たる英語の言い方はない――英語教師の友人に聞いたことがある。そこに肉や魚、野菜などの「命をいただきます」と感謝する日本の文化、そして生産者への尊敬の心が表れているように感じた▼作家の水上勉が、畑の野菜を抜く際は、指先でつままず、抱き取るようにすべきだと、ある対談で述べたことがある。「この一年とにかく生きてきた生命に対するお行儀ですよ」と(『向田邦子全対談』文春文庫)。山形県で取材したスイカ農家の友も、全身で抱きかかえるように収穫した大玉を、いとしいわが子のように見つめていたことを思い出す▼各地で記録的豪雨による甚大な被害が相次ぎ、胸が痛む。先日は大雨による水害が、山形を襲った▼同志の田も水没した。毎年10俵の収穫があったという。標準の「お茶わん1杯」(150グラム、精米だと65グラム)に換算すると、実に9000杯以上。それほどの「いただきます」と「ごちそうさま」、そして作り手の汗と努力を、一夜の豪雨が奪った▼池田先生は「農村を忘れることは、人間を忘れることだ。自分の『根』を忘れることだ」と訴える。食は文化、食は命。今後、台風の多い時期を迎える。朝晩の祈りに、より一層の力がこもる。(白)