人の心は変わる。自分の心も当てにならない。どんなに古くからの幹部であっても、信心を失ったとたん、堕落の道は始まっている。
そうならないためには、厳しく直言してくれる人を持つことである。いな、そういう人を自ら求めていくことである。
いくら形は信心しているようであっても、自分の力で偉くなったと錯覚し、慢心からわがままになり、耳にいたいこともあえて言ってくれる人から離れてしまう。それでは成長はない。どうしても正しき信心の軌道からはずれてしまう。これまでの退転者・反逆者も、みなそうであった。
反対に、きちんと指摘してくれる人を大切にし、謙虚な耳を失わない限り、その人はまだ伸びていける。
たとえ、社会的に活躍しているように見えても、「信心」の指標を見失い、「同志」としての心の絆を切ってしまっては、結局、世間の六海の泥海に溺れ、不幸の人生をさまよっていくだけである。