


他の人の仏界涌現を手伝っていくのが仏道修行です。 それが弘教であるし、指導、激励です。その行動が自分の仏界を強め、育て、固めるのです。

「その神々(諸天善神)は、どこにいるかということになります。神社にいるかというと、神社にはおりません。我々の体のなかにいるのです」

それは、より祈りが深くなるように、また、より強い人間、より深い人生になれるようにそして、より深き福運をがっちりとつけるようにとの御仏智なのである。

しかし、リーダーが自分革命すると、「この人も人材だ!あの人も人材だ!」と、みんな、素晴らしい可能性を秘めた人ばかりであることに気づいたんです。

会えない、会えないと言っていないで、その人の生活時間帯を研究すべきだと思います。こちらの都合のいい時だけ行って、いつもいない、だからだめなんだと思います。

妙法との出会いは、まず、妙法を受持した人との生命の感応があって初めてなされる。 仏界を涌現しつつ仏法対話を行う友人の生命に縁することにより、九界に覆われていた人間の生命が次第に仏界を感じ始める。

「よし!」と決めた瞬間、全神経が、ぱーっと、その方向に向く。「だめだ」と思えば、その瞬間に、全神経が萎縮し、本当に「だめ」な方向に向かっていく。

〈8月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 四条金吾殿御返事(此経難持御書) 2018年7月28日 不退の信心を貫け! 難こそ成長の好機
