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本日の御書

本日の御書 されば同くはなげきたるけしきなくて此の状にかきたるがごとくすこしもへつらはず振舞仰せあるべし、中中へつらふならばあしかりなん、

本文】
されば同くはなげきたるけしきなくて此の状にかきたるがごとくすこしもへつらはず振舞仰せあるべし、中中へつらふならばあしかりなん、設ひ所領をめされ追い出し給うとも十羅刹女の計いにてぞあるらむとふかくたのませ給うべし。
日蓮はながされずしてかまくらにだにもありしかば有りしいくさに一定打ち殺されなん、此れも又内にてはあしかりぬべければ釈迦仏の計いにてやあるらむ(四条金吾殿返事p1164)

【通解】
それゆえ、同じくは、(あなたの決意はすでに定まっているのであるから)嘆いた様子を見せないで、この誓状にかれたように、少しもへつらわずに振る舞い、語っていきなさい。
なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって(状況は)悪くなるであろう。たとえ、所領を没収され、(土地を)追い出されようとも、それは十羅刹女(諸天善神)の計いであるのだろう、と深く信をとり、十羅刹女にまかせておきなさい。
もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの戦い(文永九年二月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻きこまれて、きっと打ち殺されていたにちがいない。今、あなたが江間家を追い出されることも、このまま江間家にとどまっていてはよくないだろう、という釈迦仏の計いなのであろう。

【先生の指導から】
大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。しかし、そうであったからこそ、戦乱をまぬかれることができ、かえって良かったのだと仰せである。
長引く不況のなか、リストラや失業に直面している方もおられるかもしれない。しかし、仏法の眼で見るならば、すべてに深い意味がある。嘆いてはいけない。「強き信心」「勇気ある信心」さえあれば、あらゆる困難を、必ず「変毒為薬」していける。
どうか、この大聖人の聖訓を心に刻み、何があっても前へ、また前へ、前進していただきたい。
仏法は勝負である。断じて勝たねばならない。自身に勝ち、人生に勝利していく。そのための信心である。雄々しく苦難と闘う皆さま、そして誠実な心で戦う皆さまの姿は、すべて大聖人が覧になっている。安心して、使命深き、わが人生を生きぬいていただきたい
この一生、毅然と、勇敢に、胸を張り、一日一日を、自分らしく進んでいっていただきたい。