ゆえに、私どものこの世における唱題の行力が、また今世において成仏のために精進したことが、そのまま、生々世々、生命のうえにあらわれていくといってよい。

一生成仏が肝要である理由は、現在の人生が終わったとしても、一念三千という甚深の仏法のうえから「我」という存在が、この宇宙に実在するからである。
この「我」は、自分自身では見えないし、わからないが、事実は色心不二であり、三世常住なのである。
ゆえに、私どものこの世における唱題の行力が、また今世において成仏のために精進したことが、そのまま、生々世々、生命のうえにあらわれていくといってよい。
ここに、今世の信心の絶対の重要性と必要性があるのである。
生々世々にわたっての成仏が約束されるその証拠に、今世にそのことを確信できるだけの実証がかならずあらわれるのである。
「仏法は勝負なり」をよくよく肝に銘じて、たゆまざる不退の信心をおたがいに貫いていきたいものである。

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