池田先生ご指導

戸田先生は、御本尊を拝んで大歓喜がわかなくては真の信仰とはいえない、とまで言われました。歓喜があれば功徳の大輪は、ますます大きくなる。

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戸田先生は、御本尊を拝んで大歓喜がわかなくては真の信仰とはいえない、とまで言われました。歓喜があれば功徳の大輪は、ますます大きくなる。しかし、こればかりはそれ、歓喜、歓喜などと言っているだけでは、歓喜はでてこない。勤行で足がしびれて、まだ終わらないか、ああ、歓喜、歓喜、それでは歓喜になりません、とも語られていた。
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歓喜の奔流!これこそ妙法を行じる私どもが味わえる人生の醍醐味である。この仏法の真髄から見れば、人がどうであろうと浅薄な世間の眼がクルクル変ろうと、すべては幻の如くはかない。またそれらに紛動されて、自らが歓喜を味わえるわけでも絶対ない。
我が胸中にはくめども尽きぬ永遠の歓喜の泉がある!
何ものにも崩されぬ、信心という大歓喜の源泉がある!<
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学会の世界は信心の大歓喜が爆発する集いにするのだ! 負げてたまるか!
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題目は、苦悩を歓喜に変えます。さらに、歓喜を大歓喜に変えます。ゆえに、嬉しい時も、悲しい時も、善きにつけ、悪しきにつけ、何があっても、ただひたすら、題目を唱え抜いていくことです。これが幸福の直道です。