信心とは何か、これがじつに重大な問題である。 すでに、いくたびも申し上げたが、いかなる怒涛、

信心とは何か、これがじつに重大な問題である。
すでに、いくたびも申し上げたが、いかなる怒涛、いかなる嵐、いかなる中傷、批判、いかなる法難ありとも、また、いかなる自身の宿命との対決があろうとも、一間浮提総与の大御本尊に、雄々しくして勇敢に南無し、信じたてまつることである。
そこに成仏への道がある。
それを確信する心、これを信心というのである。

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