つまり、日々の学会活動はもとより、毎日、毎日の生活の姿や行動が、すべて妙法の種子を植えていく大切な作業であるということを、自覚していただきたい。

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「広宣流布の使命に生きる私どもの振る舞いは、一切が下種へとつながっていかねばならない。つまり、日々の学会活動はもとより、毎日、毎日の生活の姿や行動が、すべて妙法の種子を植えていく大切な作業であるということを、自覚していただきたい。
ゆえに、信心していない人に対しても、また現在は、信心に反対であるという人に対しても、幸せを願い、大きな、広い心で、笑顔で包み込むように接して、友好に努めていくことが大事です。それが、仏縁を結び、広げていくことになるからです」
私たちは、自らの振る舞いを通し、また、勇気の対話を通して、縁する全ての人に仏の種をまいていきたい。
日蓮大聖人の仏法は、下種仏法です。妙法を聞いて相手が発心する「発心下種」も、相手が話は聞いたものの発心しなかった「聞法下種」も、いずれも相手の生命に妙法の種をまいた点では、全く同じです。
ゆえに折伏は、相手ではなく、自分です。信心する・しないは相手の都合、信心を語る・語らないは自分の都合ーーこの“自分の都合”が、すなわち「勇気」であります。
そして、相手が入会しようがしまいが、聞こうが聞くまいが、自分が勇気を奮い起こした分だけ、功徳もまたあるのです。