池田先生ご指導

また、信心の世界においても、退転したり、成長のとまった人は、まっすぐ向上している人をみてうらやんだり、それを妨げようという心を生ずるのである。

心の卑しく、濁った人は、他人の正しさ、すばらしさを認めたくはない、つねに自分が正しく、自分がすぐれていることを吹聴したいという困った人である。また、人の幸福を喜ばない。反対に人の不幸を喜ぶ人である。
嫉妬の人も、またそうである。信心強盛な人は、日増しに幸福になっていく。その姿がうらやましい。だから、その姿を破壊したいという哀れな心である。結論するに、正法正義の信仰に対するさまざまな非難も、やはり成仏、幸福を妨げたいという「嫉妬」の心から生ずるのである。

また、信心の世界においても、退転したり、成長のとまった人は、まっすぐ向上している人をみてうらやんだり、それを妨げようという心を生ずるのである。
ともかく、卑しく濁った心の方へ向かうのではなく、清らかな正しい幸せの道の方へいくことを忘れてはならないし、また、そのようにご指導をお願いしたい。

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