小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 誓願 百二 2018年7月26日

 法悟空 内田健一郎 画 (6432)

 世界青年平和文化祭の三日前にあたる十五日のことである。会場のコリセオ劇場に姿を見せたマリアーノ・モーレスは、アルゼンチンのメンバーに語った。
「文化祭が行われる十八日は、私の誕生日です。でも、お祝いはしません。SGI会長と皆さんのために演奏します」
モーレスは、最初に文化祭の開催を聞いた時、「それは、すばらしい。私もできる限り応援します」と言って、出演を約束したのだ。
山本伸一とモーレス夫妻の最初の出会いは、一九八八年(昭和六十三年)四月、民音公演で来日した折であった。モーレスは、将来、曲を作り、SGI会長に贈りたいと語り、伸一は、四年前に亡くなった夫妻の子息を偲び、「富士を望む良き地を選んで、桜を記念植樹させていただきたい」と申し出た。
その後、モーレスは、伸一に、新曲「アオーラ」(今)を献呈している。
一方、オスバルド・プグリエーセ夫妻との出会いは、八九年(平成元年)、民音で引退公演を行うために来日した時である。プグリエーセは、伸一のためにタンゴの曲を作りたいと述べ、その約束を果たし、「トーキョー・ルミノーソ」(輝く東京)を作曲して贈った。副題は、伸一の提案によって、「友情の賛歌」となっていた。
モーレスが劇場に来た翌日、今度は、プグリエーセが楽団を率いて劇場を訪れた。練習のためである。楽器が運び込まれた。彼が愛用してきたグランドピアノもあった。八十七歳の巨匠が、なんと、そのピアノを自分で押そうとしたのだ。南米最高峰のタンゴ王が、わざわざ練習に来るとは思ってもみなかったうえに、自らピアノを動かそうとする姿に、居合わせたメンバーは驚きを隠せなかった。
二人とも、一人の人間として、伸一との信義に応え、人類の平和を願う青年たちの文化祭に賛同し、惜しみない協力をしてくれたのだ。友情の輪の広がりこそが、人間を結ぶ力となる。
「平和」とは「友情」の異名といえよう。

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