大切なことは、信心の指導をするのであって現象面のみに目を奪われて、解決方法のみに終始してはならないということです。「体曲がれば影ななめなり」ですから、信心の姿勢をきちんと正していくことが肝心なのです。信心が体で、困っているものは影なのです。
会合に出て歓喜しても、実践となると弱気になる人を見かけます。だが、たとえどんなに仏法の偉大さやその深意を理解したとしても、現実に信心活動を怠ったとしたら観念論です。行 即信心ということを知っていきましょう。行 とは実践ということです。したがって信心とは実践ということになるのです。