池田先生ご指導

老いたり、病気になった体は、いったん宇宙生命の「蘇生の海」に帰って、さっぱりとして、新しい元気な体になったほうが良い場合がある。

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生命が健康であってはじめて、永遠の生命を悟る素地ができる。
不惜身命といっても「無理をする」ということではない。無理は続かない。
仏法は道理です。道理にのっとった賢明な信心即生活でなければ反価値になってしまう。
「信心しているから」「幹部だから」自分は大丈夫だというのは「慢心」です。
「死」も生命力の充電です。
老いたり、病気になった体は、いったん宇宙生命の「蘇生の海」に帰って、さっぱりとして、新しい元気な体になったほうが良い場合がある。
「薬王菩薩の信心」をやり通した人は、必ず、次はもっと福々しい生命で、生まれたいところに生まれてこられる
健康に長生きしてこそ、1日でも長く南無妙法蓮華経を唱え広めることができます。
したがって、健康長寿のための努力は、全て仏道修行の一環なのです。
夜更かしなど、学会活動で無理を重ねるのは苦行です。小乗経にも劣る外道の修行です。
苦行の行者は、大宇宙から与えられた身体を粗末に扱い、寿命を縮めてしまいます。
その報いのため、来世においても病弱な肉体しか与えられなくなります。
まして、幹部がメンバーに「苦行」を強制すれば、仏子の命を縮めたことになりますから、その罰は計り知れません。
寝不足の時は、無理せず早く休みましょう。その分、翌朝集中して祈ればいいのです。
逆に、今世において病弱な体であっても、最後まで健康長寿を祈ってお題目を唱え抜くならば、たとえ早死にしたとしても、すぐに健康な身体を与えられてこの世に戻ってきます。
なおかつ、その福運は三世永遠に続きます。
生死を重ねるごとに、ますます健康に、ますます長生きできるようになるのが、この信心なのです。