


「信心は実行である」「功徳がほしい、幸せになりたい。しかし誰も幸せにしてはくれません。幸福にするのは自分自身です。御本尊に純真に祈り、願い、題目をあげる以外にありません」

大白蓮華巻頭言 2022年4月号(No.870)

しかも、広布の道には犠牲はない。苦労したことは、すべて未来の大福運となり、大功徳となります。

本日の御書 随分にはしりまはり十二十六の年より三十二に至るまで二十余年が間、鎌倉京叡山園城寺高野天王寺等の国国寺寺あらあら習い回り候し程に一の不思議あり、我れ等がはかなき心に推するに仏法は唯一味なるべし(妙法比丘尼御返事p1407)

題目が不足していれば、一切は空転してしまいます。いたずらに気が焦るだけで、思うように事は運びません。

学会活動、折伏を真剣にやらなければ、だんだん御本尊の力を忘れ、自分なりの信心になります。そうなると、信心に対し、学会に対して、疑問が出てきます。それが魔の働きです。

強盛な信心があるならば、我々の信心を妨げ、幸福を奪おうとする魔の力も冥伏してしまい、逆に仏法を守護し、我々の幸福を守る諸天の働きになっていくのである。

悩みを環境のせいにするそういう「くせ」を直せば、そこから大きく境涯が開くのです。仏界を固めるためなんだ!そう決めれば一切愚痴は消えます。
