


折伏がそうです。友への励ましがそうです。妙法を伝えきっていく戦いが、今世の生命を鍛えるのです。

信心の厚薄は、形では決まりません。 例えば、「唱題は何遍しなければならない」というような御文はありません。

あんまり口やかましく言わないで、学会を尊敬し、好きにさせることが根本です。信心は一生なんだから、だんだんわかっていけばいい…

だが、そのなかにも、もう一歩深い次元に目を開いたとき、人生の尽きない幸福の実体があると思う。これを私は“絶対的幸福”と呼びたい。

他人がどんどん幸せになっていく姿を見る。これ以上の喜びはありません。そして、人の幸福を喜べば、ますます自身の生命が浄化されていく。

大確信をもつには、まず小さな体験でよいから、功徳の体験をたくさん積んでいくことです。

恐れもなければ、グチも嘆きもない。晴れやかな「強気の信心」でいくのです。そこにこそ妙法の無限の功力が噴出してくる。

勤行のなかに自分自身の生命、信心の実相が、きちんとあらわれているものだ。前進している信心、生き生きとした勤行の実践があれば、生命は躍動し、宇宙のリズムと見事に調和してくる。
