その人のもつ仏性を、顕現せしめんとする勇気ある行為は、最極の善であり、わが身の菩薩界、仏界の境界の確立へつらなっていくことはまちがいない。

その人のもつ仏性を、顕現せしめんとする勇気ある行為は、最極の善であり、わが身の菩薩界、仏界の境界の確立へつらなっていくことはまちがいない。
ゆえに勤行・唱題はとうぜんとして、折伏の実践こそ、御本尊への信心の厳たる刻印となり、これ以上の功徳善根をつむ作業はないのである。
この信心、唱題、折伏・弘教の実践のない人は、真実の仏法の大良薬の醍醐味を知ることはできない。
まず、唱題、実践をお願いしたい。
たとえば、車でも停止していたならば、いくら車の構造を分析し論じても、その快適な乗り心地を味わうことはできない。
同様に、信心を正しく深く広くしていくために、信行学をどうか忘れないでいただきたい。
その妙法と冥合していく信心の強い一念に立つならば、絶対に行き詰まりのない人生へと転じていけるのである。

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