小説「新・人間革命」

〈小説「新・人間革命」〉 大山 二十五 2017年1月31日

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 法悟空 内田健一郎 画 (5985)

 山本伸一が中国の留学生と友誼の糸を紡いだ前日の四月八日、故・周恩来総理の夫人で、中国の全国人民代表大会(略称・全人代)常務委員会副委員長である鄧穎超が来日した。彼女は衆参両院議長の招待で、全人代代表団の団長として日本を訪問したのである。
 九日には、衆参両院議長、大平首相と会談したのをはじめ、天皇陛下との会見など、七十五歳にして次々と精力的に行事をこなしていった。
 伸一は、十二日午後三時半、東京・港区元赤坂の迎賓館で約七カ月ぶりに鄧穎超と再会したのである。
 前年九月、第四次訪中の折、彼は二度にわたって彼女と語り合う機会を得た。その折、訪日の意向を尋ねると、「周恩来も桜が好きでしたので、桜の一番美しい、満開の時に行きたいと思います」とのことであった。
 ようやく実現した日本訪問であったが、あいにく東京は、既に桜の季節が終わってしまった。伸一は、ささやかではあるが、桜の風情を楽しんでもらいたいと、東北から八重桜を取り寄せ、迎賓館に届けてもらった。彼女は、大層、喜んでくれたという。
 その桜は、会談の会場である迎賓館の「朝日の間」に美しく生けられていた。
 この日の出席者には、団長の鄧穎超のほか、周総理との会見で通訳を務めた全人代常務委員の林麗韞、中国仏教協会の責任者である趙樸初副会長らの懐かしい姿もあった。
 鄧穎超は、声を弾ませて語った。
 「私の方から、あいさつに伺わなければならないのに、こちらに来ていただいて申し訳ありません」
 人を思う真心は、気遣いの言動となり、それが心の結合をもたらす。
 伸一は恐縮しつつ、歓迎の言葉を述べた。
 「お元気で何よりです。遠路はるばると、ようこそ日本においでくださいました。お迎えできて、心から嬉しく思っております。
 鄧先生の訪日は、春の桜の匂うがごとく、歴史に薫り残ることになるでしょう」