人呼んで「題目の鬼」、同志は、巌のような支部長の背中を見ながら、策ではなく、信心根本に「祈って勝つ」姿勢を教えられたという。 

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人呼んで「題目の鬼」、同志は、巌のような支部長の背中を見ながら、策ではなく、信心根本に「祈って勝つ」姿勢を教えられたという。 
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弱々しい題目では、病魔だって打ち破ることができない。宿命転換も不可能だ。白馬がパッパッと駆けているような朗々とした勤行、唱題をしていこう。御本尊にビンビンと響き、感応していく勤行、唱題に、無限の功徳がある。そういう勤行、唱題を実践し、はつらつとした人生を送っていこうではないか。 
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信心の基本は、まず第一に、五座三座の勤行を真剣に行ない、題目をできるだけ数多く唱えることである。一日の生活にも、勤行、唱題が源泉となって、偉大な力が躍動してくる。勤行しないと、一日のリズムがこわれ、憂うつで、身体がだるく、話すことも相手に通ぜず、勇気もでない。また日々の勤行が、半ば居眠りであったり、他のことばかりに気をとられて真剣でなければ、その生活もまた環境に流され、、居眠りのような生活であったり、心が落ちつかず、たえず不安がつきまとう。こうした経験は、先輩のだれしもが痛感している事実である。 
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前進していけば、当然行き詰まる場合がある。その時は、一段と題目をあげ、行動することだ。そうすれば、また必ず大きく境涯が開けてくる。再び前に進んでいける。この限りない繰り返しが信心である。その自分との戦い、行き詰まりとの戦い、魔との闘争に、勝つか負けるか、それが勝負なのである。 
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「勤行・唱題を終わって生活の中に戻れば、生命は九界にもどるのであります。その意味での成仏とは、題目を唱えている刹那(瞬間)のことである。ただ、日々欠かさず勤行し、唱題を続けていくことによって、生命の奥底に仏界の生命がしっかり樹立されていくのです。(中略)わが生命の宮殿を開き、現在あるがままの自分を向上させ、可能性を最大限に発揮していく、これが信仰の究極の目的なのです」 
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一日三千遍のお題目をしっかりあげなさい。 「広布の世界のなかで、ともかく題目をあげ抜いた人が最期には勝つ」 題目を唱える人には、大聖人様の御生命がわいてくる。必ず仏になっていく。 
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自分が願いたい事を順番に紙に書いて、勤行のあとの題目の時に、一つずつ自分の生命に叩きこむように真剣に願うのです。 
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題目の功力は、宿業を転換し、福徳を呼び起こす。この真実にして甚深なる妙法を信受して進むのだ。真剣に唱題し抜いた人は、いかなる苦難があっても、最後は必ず勝つ。 
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試練の時こそ題目である。「信心で勝つ!」――そう思い定めれば、勇気がみなぎり、智慧が湧き、無敵の突破力がほとばしる。