若き日の日記

「若き日の日記」3

4月9日
本部にて、遅くまで臨時理事会を開催。第三代会長の推戴(すいたい)を決定の由、連絡を受く。丁重にお断りする。
胸奥に、嵐のごとく宿命が吹きゆく。全生命に、使命の怒涛が押し寄せては、返していく。宿習の太き綱が、余りにも強く、厳しく、締まりゆく。
妙法蓮華経――戸田城聖先生――7回忌まで、余裕ある人生と闘争とを――32歳――若い。
7回忌――満36歳――数え37歳――日興上人様の御相伝を受けられた年であられる。
誰か――疲れ果てたわれに代わり、指揮する者ぞなきか。嗚呼(ああ)――。
語る人なし。わが煩悩を、静かに見守る妻。

4月10日
重苦しき朝であった。いかにしても。
力強き勤行をいたさんとすれど、胸に鉄板をはめてあるごとし。境地冥合の……。

4月11日
午後3時30分より、本部会議室にて、緊急理事会。第三代会長決定の重大会議。所詮、断りきれず、自分が大任を果たす運命となるか。幾度か断れど、いかにしてもやむをえず、決意せざるをえぬか。
御仏意(ごぶっち)とはいえ、実に苦しむ。言語に絶する緊張を念(おも)う。
大御本尊様は宇宙大であり、永遠無量であられる。ただ、おすがり申し上げ、指揮をとる以外の何ものもなし。
青年だ、男子だ。堂々と前進してゆこう。怒涛と嵐と、山と砂漠を乗り越えて――。
身体疲れてならぬ。全学会員のために、大切にせねば――。

4月12日
身体の調子、よからず。
午後、H理事、Z理事とNにて会う。第三代代会長への、皆の強い願望の伝言あり。私は、お断りをする。
胸奥には、戸田会長の紹継は決意すれども、形式的には、どうしても返事をできえず。矛盾あり。わが心――。
会長は、7回忌まで延期の由を伝う。再三、再四、理事会を催している様子。皆の困惑の姿、よくわかる。すまぬ思い、多々。

4月14日
午前8時30分、家を出る。足重し。
再び、第一応接室にて、第三代会長の願望をば、理事長はじめ、3理事よりうける。時、10時10分なり。断ることができえず、しぜんに承認の格好となれり。運命いかに。
皆の歓喜の波――皆の小躍りしゆく姿――。
理事長ら、ご遺族も、皆、待っているとのこと。
万事休す。この日――わが人生の大転換の日となれり。
やむをえず。やむをえざるなり。戸田先生のことを、ひとり偲(しの)ぶ。ひとり決意す。

4月15日
次期決戦への、陣列の態勢を考える。
恩師の7回忌を目指して、本門の出発だ。
勝利の連続の4年間でありたい。
昭和39年。この年の4月2日と、そして、その年の5月3日の大総会に勝って臨みたい。
戸田会長に、直弟子として育てられたわれが。訓練に訓練をされてきたわれだ。なんで戦いが恐ろしかろう――ご恩を返す時が来たのだ。
日本の歴史、世界の歴史を創りゆく戦いなのだ。人生にあって、男子にとりて、これにすぐる名誉はなかろう。
戸田城聖先生 弟子 池田大作
5月3日、第三代会長就任式決定。
本部内、次第に多忙となる。(中略)
一漁師の子、池田大作、遂に広布の陣頭指揮に起つ。一大事の宿命を知覚するのみ。諸天も、三世十方の仏、菩薩も、護れよかし。
仏の所作ということを、今回ほど深刻に考えたることなし。重大なる今世の修行を、胸奥から、恐懼(きょうく)す。
所詮、大御本尊様を、持(たも)ちきることだ。信じ行じることだ。強盛な信心が一切である。この仏法の力によりて、全てが決定されていくのだ。

4月26日
身体の疲れ、重なる。
本部、静寂のなかに、緊張あり。一日一日、幹部も、真剣になっている。
これからの4年間を、全力を尽くし、勝負を決せねば――。断じて、指揮をとる。
4月度本部幹部会――台東体育館。午後6時、開始。
新会長の挨拶となる。諸兄諸姉、皆、心から喜んでくれる。私は、人間らしく、青年らしく、今までと少しも変わらず指揮をとる旨、無作の境地で話す。
帰り、T夫妻と新橋にて会食。
心身を鍛えねばならぬことを、痛切に感ずる。
5月より、わが本門の活動か。

5月3日
創価学会第三代会長に就任。
日大講堂にて12時――推戴の総会開始。
昨夜来の疲れ、少々あり。
恩師の喜び、目に浮かぶ。粛然(しゅくぜん)たり。
生死を超え、今世の一生の法戦始む。
わが友、わが学会員、心から喜んでくれる。
将らしく、人間らしく、青年らしく、断じて広布の指揮を。

5月4日
疲れる。
第一段階の闘争の目標――。
恩師の7回忌までの4年間の構想を練る。
ただ一筋に、昭和39年を。
諸天の加護を、深く知覚す。われ、地涌の菩薩なり。
大幹部会――皆、嬉しそう。新たに学会は回転し始めた。うなりをもって。躍動の生命体。

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