学生部員の前進こそが、混迷する日本、そして、世界を救済し、平和を実現する力であると、私は、強く確信しております。諸君のために、私は命をかけます。諸君こそ、私の宝です。その成長を見守っていくことこそ、私の人生の最高最大の喜びであります。〈第14巻「智勇」の章〉
1969年(昭和44年)5月3日の本部総会の席上、山本伸一は創価大学に三つのモットーを示すとともに、過激化する学生運動に触れ、人間主義に立脚した「第三の道」を提案。男子学生部の夏季講習会では「大学立法」に反対する集会に参加し、自らデモの先頭に立った。学生部は、学会の平和活動の先駆けとなる運動を展開していく。
「智勇」の章では、本部総会の席上、山本伸一が翌年を目指して750万世帯を達成し、戸田城聖先生の大恩に報いたいと宣言します。創価大学のモットーを示し、学生運動に言及するのはその直後の場面です。
学生部は夕張炭労事件という権力の魔性との戦いの中で結成され(1957年6月)、さらに池田先生が「日中国交正常化提言」を発表されたのも、学生部総会(68年9月)の席上でした。
学会、そして社会が大きな変革を迎える時に、あえて学生部に重要な指針を示された師の深い期待が、本章にも描かれています。
本章で伸一は、平和的な社会変革へと立ち上がった学生たちの中に飛び込み、「一緒に、恒久平和のための戦いを起こそう」と語ります。
さらに、「私は、諸君が社会の檜舞台に立ち、悠然と戦っていけるよう、十センチでも、一メートルでも、道を開くために、命をかけて戦っていきます」と。
あまりにも深い慈愛を感じ、師への感謝を新たにしました。
「十センチでも、一メートルでも」との心で、池田先生が開いてくださった世界平和の大道に続き、さらに広げていくのが、私たち女子学生部の使命です。
そのために、学生時代は目の前の一人の幸福のために、英知を磨き、学会活動に励む中で、福運をつける時です。
人と比べて自信をなくしたり等、悩むことも多いのが青春時代ですが、自ら苦労を求め、信心根本に挑戦し抜いていく中で、崩れざる幸福の土台を築くことができると確信しています。
「青春時代に『誓い』という種子を植えなくては、人は大樹へと育つことはない。誓いこそが、成長の源泉となる」
先生がそう教えてくださったように、「師弟の誓い」こそ、女子学生部の全ての前進の原動力です。
「諸君のために、私は命をかけます。諸君こそ、私の宝です」との師の期待に必ず応え、励まし合い、共々に成長しゆく福智のスクラムを広げてまいります。