組織が秩序だってくると、どうしても幹部の惰性がはじまる。しかし自分では気がつかない。相変わらず結構やっていると思っている。この相変わらずが空転になる。それが曲者である。
だんだん幹部になり、そしてまた長い長い戦いをしていると、どうしても信心がおろそかになって、なれあいの信心になって、怨嫉したり、やきもちをやいたりして功徳をはばんでしまう場合がある。
御書の拝読なき幹部は激変していく社会のなかにあって指導はできえない。くめども尽きぬ御書に対決したときに、はじめ慈悲と確信と透徹した指導力が具備されていくことをけっして忘れてはならない。