「『哲学』というものは、西洋の哲学でいうデカルトやカントなどのように、めんどうなものではない。わたくしは大学を出ないからわからないというものもいるが、哲学するということは、考えることである。
一番やさしい哲学は、水戸光圀(水戸黄門)の漫遊記があるが、そのなかに、いなかでおばあさんに水をくれといって、米俵に腰をかけたら、おばあさんが、これは水戸様に出す米だといって怒った。光圀は頭をさげてあやまった。聞けばこっけいな話しであるが、おばあさんには、自分の作った米を領主様にさしあげること、このことが哲学である。『だれがなんといっても、これだけはどうしようもない』これが哲学である」と。
「現在の世相を見ると、人の道である知恩・報恩を貫く者は、ごく稀となってしまった。 」
「まず、‘こうするのだ‘‘必ず勝つのだ‘と決めきっていきなさい。それが哲学である」
「医者にさじを投げられたら、しめたと思え」