現実に我々の生命それ自体も冥伏せる仏界を具現できるのだと説き示したのが、この宝塔品の儀式である

SF作家ウェルズ
世界が始まって以来、仏教がもっとも深遠な倫理であることは誰も異存がない。釈尊の滅後、その教えは、精密巧緻な思弁哲学になり、煩瑣(はんさ)哲学という安値な地上の電燈のために、肝心な釈尊の教えという星の光は、おおい消されてしまった」
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「我々の生命には仏界という大不思議の生命が冥伏している。この生命の力及び状態は想像も及ばなければ、筆舌にも尽くせない。しかしこれを我々の生命体のうえに具現することは出来る。現実に我々の生命それ自体も冥伏せる仏界を具現できるのだと説き示したのが、この宝塔品の儀式である」
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我が身が即、大宇宙である。それが生命の根本の法理である。そして、妙法を信じ、行じるとき、事実のうえで、大宇宙の宝を、小宇宙の我が身の上に、自由自在に引き出し、使っていける。そこに幸福という結果が生まれる。

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