


信心している人が病気になるのは必ず深い意味がある。永遠の生命を悟る一つの回路であるともいえる。

人間革命は「自分という小宇宙における広宣流布」といえる。それを各人が積み重ねていくことによって広宣流布が進んでいく。要するに、自分が人間革命した分だけ広宣流布が進む。人々を救う広宣流布へ励んでいくことによって、人間革命も進む。そういう関係にあるのです。

この広大な「一念」の力、内面の力を確信し、引き出すとき、いかなる外界の悪、反価値をも、善の方向へ、価値の方向へ転じていくエネルギーとなる。これが「価値」であり、一念三千の実践です

大御本尊に南無妙法蓮華経と唱えたときに、生命(わが存在)の奥底から、心を突き抜けて顕現してくる仏界の生命こそ、得体の知れない心を導き、コントロールしていく力となっていくのです。

「勝つに決まっている!」「幸福になるに決まっている!」 「楽しい人生になるに決まっている!」

実は、困難の度が深まれば深まるほど、もう少しで、それを乗り越えられるところまできているんです。

幸福は、ついてくるものである。 妙法を持つ人に、福運を積んで行った人に、 ついてくるものだ。 必ず、ついてくるものだ。

まして、変毒為薬、罰即利益、煩悩即菩提と説かれるように、信心には一切のマイナスを転じてプラスに変える力がある。この信仰こそ『無限の希望』の源泉である。
