戸田先生ご指導

「私は広宣流布したいという大煩悩の炎を、天に届くほど燃やしているのだ」 

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人が酒を飲んで、その人の体質もありますが、一升の酒でも酔わないのがいるけれど、五升飲ましてみたらどうだというのです。必ず酔うのがあたりまえ、御飯を食べるにしても、五はいも六ぱいも食べさせて、まだ腹へっている人間はなかろうと思う。御飯を食べて、おなかがいっぱいになるように、この信心をして、しあわせにならないわけは絶対にないのです。


「広宣流布は、命がけの労作業である。私は、命の続く限り、闘いをやめない」


「劣等感のある人間のほうが強いぞ!負けん気があるぞ!」


「私は広宣流布したいという大煩悩の炎を、天に届くほど燃やしているのだ」


法華経のなかに『法華経をたもつものあれば、立って仏がきたように迎えをせよ』と言われている。いったい、三人だって同志がおったら、喜んで話し合って帰ってこなければならない。たったひとりでもいい、ひとりでも、そのひとりの人に、ほんとうの妙法蓮華経を説く。たったひとりでも、自分が心から話し合い、ふたりでもいい、感激し合って帰るくらいの座談会にしてほしい。たったひとりでも聞いてくれる者がある。ひとりの人に会えばよいのである。

  1. アバター画像 小松 より:

    その人の仏性をどこまでも信じきって、その仏性を開くことは至難の技ですよね。やはり自分の境涯革命しかないですね❗