どん底の時には唱題しても苦しい。悲鳴のような題目が続く。しかしパッと光が差したように安心する瞬間がある。「もうこれで大丈夫だ」と確信できる時がくる。

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初信の頃、環境が変わること以上に「自分の生命が劇的に変わる」ことに僕は驚いた。絶望感で一杯だった心が、希望に弾むような生命に様変わりする。こんな奇跡的な体験を僕は唱題以外で知らない。しかもその奇跡は何度でも続いた。題目は本当に凄い。唱題ある限り、僕の人生に光が失われることはない。


どん底の時には唱題しても苦しい。悲鳴のような題目が続く。しかしパッと光が差したように安心する瞬間がある。「もうこれで大丈夫だ」と確信できる時がくる。そこまできたら環境は必ず変わっていく。環境が変わる前に自分の命が変わる。これが僕の信心で学んだ一つの結論です。


命はいつだって変えられる。どんなに苦しい現実が続こうとも。泣きたくなるような悲しみがあろうとも。必ず「絶対に大丈夫だ」という確信が生命の大地から噴火する瞬間が来る。燃え上がるような希望が。池田先生は言われている。「祈った瞬間、既に勝っている」と。まず我が生命の中で勝て!と。

コメント

  1. アバター 匿名 より:

    40代、いい年をして
    経済の悩み、失業そして転職の悩み、そこから失恋の悩みへとここ数年で
    一気に転げ落ちました。
    正直、もう人生、詰んでる感じです。
    「もうこれで大丈夫だ」と確信できる時がくる。そんな解放的な安心感って起るんですかね?
    現実にも大きく反映されるって事なんですよね?

    こちらはまだ悲鳴のような題目ですけど、心も疲弊してますが
    ひたすら継続して唱題をあげるしかないですよね

    • アバター より:

      祈ってもなかなか心が晴れないときはありますよね。焦らず地道に続けていくことが大事かと思います。
      オススメしたい祈り方としては御書や先生の指導にも度々あるように「1mmたりとも御本尊を疑わないこと」「無理だと思う気持ちを捨てること」です。基本なのですが意外と出来ていないケースが多いように見受けられます。
      あとこれは個人的な経験談ですが「最低一時間は集中して祈る」ことが大事かと感じています。その時の生命状態にもよりますが一時間位を境にパッと全てが開ける瞬間があります。
      他にも同じことを仰る方は結構いらっしゃいます。不思議ですよね。

  2. アバター 匿名 より:

    「どん底の時には唱題しても苦しい。悲鳴のような題目が続く。」

    これ凄い分かります。正に今その状況です。

    「しかしパッと光が差したように安心する瞬間がある。」

    この状況にまだなっていないので、
    題目をあげてもあげても不安が拭いきれず、
    元本の無明を断ち切れていません。
    苦しいです…